小宮山彌太郎 先生にインタビュー
そもそもインプラントはどのようなものですか?
歯を失う原因にはいくつかのものがあります。齲蝕(むし歯)、歯周病、交通事故をはじめとする外傷などが主たるものですが、先天的に歯がない方も存在します。身体を維持するための栄養の入り口である口腔は、食物をしっかりと咀嚼する機能はもちろん、他人とのコミュニケーションの確立に影響を与える構音ならびに審美の観点からも歯の存在が大きいことは知られています。
社会の状況が高度になるほど、その重要性が問われていますが、不幸にしてそのような歯を失った場合には、何らかの手段で修復する必要があります。 このような治療法は補綴(ほてつ)処置と呼ばれ、修復物は補綴装置と呼ばれています。失われたもの、すなわち歯冠(歯肉から飛び出ている歯の部分)のみが回復できれば十分なのですが、歯のない状態、補綴装置の設計によっては十分な咀嚼効率が得られない、不意に外れる、発音や舌感に問題がある、あるいは補綴装置を安定させるために用いられることがあるクラスプ(金属製ばね)が外観に触れて審美的に好ましくないこともあります。
このような問題点を少なくできるのがインプラント療法で、補綴処置の中の一選択肢です。 適切に応用されるならば、長期間にわたりきわめて好ましい結果が得られことは知られていますが、もちろん、すべての患者さんに最適なものではありません。 患者さんが求める治療結果によっては、そこまでの治療を必要とはしません。過日のNHKのクローズアップ現代でも取り上げられましたように、インプラント療法は悪性腫瘍や顕著な炎症とは異なり、時間を争うものではありませんので、歯科医師がインプラント治療に誘導していると感じたならば、長所や短所を十分に理解した上で熟慮し、それから治療を受けられることをお薦めします。
インプラント療法を前面に打ち出している歯科医院も多いのですが、患者さんはどのような基準で選ぶのがよいのでしょうか?例えば症例数がいくつですというようなものもあります。
症例数に関して、わが国のインプラント界の重鎮であられた山口県の故山根 稔夫先が素晴らしいお言葉を述べられていました。
「すべての患者は、最初で最後。症例数だけを誇ることは意味のないこと。」
これはまさに真理でしょう。慣れていないよりは慣れていた方が良いこともあるかもしれませんが、どれだけその患者さんの要求に則した治療を真摯にしてくださるかの方がよほど大切です。
どのような治療法であっても、必ず利点と欠点とがあります。また、予期せぬ問題点が起こることがあります。これらの情報を的確に説明してくださり、治療法の選択を急がせない、言い換えるならば、ご家族や友人との相談の時間を与えてくださり、インプラント療法への強引な誘導をしないところが安心でしょう。
医科領域の重篤な疾病とは異なり、主導権は患者さん側にあることを忘れないでください。
インプラントを検討されている患者さんは、しっかりとした説明をしてくださり、結論を急がせない先生の所で受診されることが望ましいのでしょうか?
まさにその通りです。
その場の雰囲気に流されて即決することは考え物です。加えて、どのような問題点が起きる可能性があるのか、もしもそのような場合にはどのように対処してくださるのかを聞くことも必要でしょう。 理解できない場合には、他の診療施設でセカンドあるいはサード・オピニオンを得ることも良いでしょう。次の施設でふたたび放射線を被曝することは無益ですので、返却を前提に資料の貸し出しを申し出てもいいでしょう。「そのようなことを切り出したら、その歯科医師から嫌われるのではないであろうか?」と心配される方もいらっしゃるかもしれませんが、患者さんが最善策を見つけるお手伝いをするのもわれわれの責務です。それを快しと思わない歯科医師は、患者さんを繋ぎ止めておきたいと考えているのかもしれません。
ただし、注意も必要です。後出しジャンケンと同じで後に訪れた医院の方が絶対に有利と、以前から言われています。自分がいかに優れているのか、自分らの方法がどれだけ新しいのかなどを刷り込みやすいのでしょう。疑問を感じられたら、何でも質問され、その反応を頭に入れた上で、もう一度、最初の施設に戻られて相談されてもいいでしょう。
インプラント治療を受けられる患者さんが多い中、先生から見たその治療法の長所、短所をお教えください。
どなたに施術していただくかは決めてはおりませんが、歯科を理解しているつもりの私自身が歯を失った場合には、インプラントを用いた治療を受けると思います。 でも、やはり天然歯は最高のものです。私自身、それを抜いてまでインプラントに置き換えようとは思いません・・・。事実、家族もその治療を受けておりますし、私どもの診療施設の患者さんでは、医師、歯科医師ならびにそのご家族の比率が高いことも、それを表しているのかもしれません。
科学的な研究対象となっているインプラント法が、すべてのことに注意を払い適切に応用されるならば、長年月にわたり好ましい成績を残してきたことは事実ですが、患者さん側の協力も求められます。それは定期的な診査を受けられることと、ご自身による日常の口腔清掃です。
今日、主流である骨としっかりと結合するオッセオインテグレーション・タイプのインプラントがブローネマルク教授により、最初に臨床応用されたのが1965年ですから、半世紀に満たない経験しかないわけです。当時のものとは、原材料が同じで概形も近似しているとはいえ、今日、数多くの会社から発売されているインプラントのほとんどのものが、より確実に結合しやすいような工夫がその表面に与えられています。 それ自体は患者さんにとっても、歯科医療従事者側にとりましても大変良いことですが、好ましくない適用が行われ、周囲の顎骨が吸収してネジ山が粘膜に触れるようになると、以前のものよりも炎症をきたし易くなりました。したがって、丁寧で確実な口腔清掃が求められるようになりましたし、定期診査も厳密にお守りいただかないと、問題をきたし易いでしょう。
インプラント療法にはそこそこの治療結果はなく、ある自動車メーカーのコピーに使われていた“最良か、無か”という言葉が当てはまると思います。
インプラントを取り扱っているメーカーがいくつもありますが、メーカーを選ぶ基準はありますか?
実際に患者さんが、使用する材料のメーカーを指定されることは難しいのではないでしょうか。
歯科医師によってはとにかく安く購入できる材料を用いて、利益を上げようとする人もいるでしょうし、ある人は高額であろうが実績があり、科学的な研究の対象になって追跡調査からも良い成績が報告されている方法を採用しています。
最近では、ホームページでの歯科医療機関の広告も多くみられますので、そこに記されているインプラント方法を検索して、その製造元あるいは販売会社のホームページに行き着いてください。通常、研究論文などが記載されていますので、慣れていないと読みにくいかもしれませんが、参考になります。
実績がなく、好ましくないものでは成績が低くなっても不思議ではありません。
しかしながら、いかに実績のあり、成績が良いと言われている方法であったとしても、必ずいい結果が得られるという保証はありません。ソフトウェア、言い換えるならば、歯科医療従事者の知識、技術それに加えて取り組む姿勢が大きく影響するからです。
小宮山彌太郎(こみやまやたろう) 先生
経歴
1971年 東京歯科大学卒業
1976年 東京歯科大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
1976年 東京歯科大学助手
1977年 東京歯科大学講師
1980年 9月~1983年5月
スウェーデン王国イェーテポリ 大学医学部、歯学部客員研究員プローネマルク教授に師事
1983年 東京歯科大学においてわが国で 初めての0sseointegrrated implant療法の開始
1990年 東京歯科大学助教授
1990年 東京歯科大学辞職
1990年 東京歯科大学非常勤講師
1990年 プローネマルク・オッセオインテグレイション・センター開設
1993年 東京歯科大学客員教授
2003年 大阪大学歯学部非常勤講師
2006年 東京歯科大学臨床教授
2006年 神奈川歯科大学客員教授
2011年 (社)日本補綴歯科学会副理事長
2012年 昭和大学歯学部客員教授